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2007年6月19日 (火)

輪廻転生

以前、『転生の秘密』(ジナ・サーミナラ著、たま出版)という本を読んだことがある。面白かったし、説得的でもあった。ウェスレー神学研究者の野呂芳男氏が、輪廻に共感していること資料に接したこともある。詳しくは知らないけれど。

D.L.ムーデーは、『神への道』の中で、こう言っている。

「墓の中に入っても悔改めることはあり得ると言う人もあります。けれども聖書にそう書かれてあるのを見たことはありません。注意して聖書を読んで見ましたが、ついに人が救われるのに、次の世即ち第二の世界に機会があるということを見出す事は出来ませんでした」

一応、輪廻思想の否定を言っているのだろうか。

これは煉獄の否定も指摘しているのだ、というと、カトリックは、煉獄の中にも救いがあるとは言っていないと思う。煉獄に行く人たちは、既に救われた人たちである。

ところで、救いが何であるかは聖書が語っている。しかし、現実は、その定義によれば、救われていない人たちが圧倒的に多い。その人たちを地獄に落とすという理解を持つべきなのだろうか。それは酷ではないか。しかし、カルビン系の信仰では、酷ではないと言い切るのである。

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コメント

わたしは野呂氏とは話をしたことはない。ただ、教団の頌栄教会で何かの折に、1回、話を聞いたことがある。内容は忘れた。しかし、今、野呂氏の周辺で、キリスト教思想に関する議論が盛んなようである。全部、ネット上で公開されているので、丹念に読まれれば、独学の成果が大いに向上すると思う。

投稿: | 2007年6月19日 (火) 17時14分

輪廻転生を評価し、共感する神学者もいるらしい。ウェスレーは死後も魂は成長するという考えを持っていたようだ。輪廻転生の支持を意味するものではないけれど。
聖母文庫『カトリックの終末論』(里脇浅次郎著)では、否定的に書かれている。オリゲネスが同意したように見えるのは誤解で、「彼はプラトーの魂の先在説を擁護したが、その輪廻説には同調しなかった」(115頁)という。ただ、1439年のフィレンツェ公会議は、「人間の永遠の運命が死後直に決められる」宣言した時、間接に輪廻説にも言及したという。「人間の永遠の運命が死後直に決められる」というのは、プロテスタントも同じと思うが、怖い話である。
輪廻転生については、カール・ラーナーの本も取り上げていたと思う。
いずれにしても、死後のことを、少しは考えてみるのも、人間には必要ではないかと思う。

投稿: | 2007年6月20日 (水) 19時50分

ウェスレーの言う、死後の魂の成長と煉獄の教えとは関連性があるのだろうか。両方とも死後の救いを認めているのではない。

聖書は、そのまま読めば、万人救済説ではないように思うが、万人救済であって欲しいという願いが、人の中にはあるように思う。「一人でも滅びる人がいるのであれば、わたしは救われたくはない」といった思いである。そういう思いと輪廻転生説が結びついているのかも知れない。そして、それは死後にも救いを認めるかたちである。

投稿: | 2007年6月21日 (木) 10時36分

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