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2007年6月 6日 (水)

義認理解

インターネットのキリスト教の「新聞」である「クリスチャントゥデイ」の社説「世界的に進む教会の一致、日本教界の進むべき道は?」(2006年9月14日)に、カトリックとルーテル世界連盟が1999年10月31日に署名した「義認教義に関する共同宣言文」が取り上げられている。

その中に、「今回の共同宣言では、カトリック側は「信仰」に「愛」と「希望」が共存する事実は認めながらも、「信仰による義認」は決して「聖化(愛と希望)」に依存しないという立場を表明し既存の主張を譲歩した」と記されている。

少し、疑問に思ったのは、「既存の主張を譲歩した」というくだりである。カトリック教会は、最初から、そう言っていたのではないだろうか。洗礼があって、聖体拝領(聖餐)があるのであって、その逆ではないからである。「譲歩」というのは、相互に誤解があったという意味にしか取れないのである。それとも、当方がおかしいのだろうか。

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