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2007年6月 7日 (木)

聖者の死

日本の聖者と言えば、内村鑑三と賀川豊彦であろうか。

内村は昭和5年に世を去り、日本は翌6年から満州事変で15年戦争の滅亡の道を走り出した。

賀川は昭和30年に世を去り、翌年1961年から、世界的信仰の地すべり現象が起きたといわれている。J.A.T.ロビンソンが指摘している。

これらは偶然か、たぶん、そうだろう。しかし、ユングの同時性の考え方には、その因果を示唆するものが含まれているかも知れない。

旧約聖書には聖者が社会を救うとある。アブラハムへの神の約束である。少数でもいい。信仰があれば町は滅亡を免れる。信じる人は、このことも考えて、自分だけの救いではないのだということを心に留めるべきである。

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コメント

①内村は「柏木の聖者」と言われていた。また賀川は「スラム街の聖者」と呼ばれたことがあったかも知れない。

②1960年代の「地すべり」というのは、次の個所に関連づけている。『神への誠実』の著者、J・A・T・ロビンソンがいう。

「六十年代の初めには、この精神的前提は消滅し始めた。将来の歴史家は、ほぼ1961年ごろに、一種の地すべりを確認することができるであろう、と私は想像する。そのころまでは状況はかなり不動であり、あるいは、上昇さえしていた。けれども1961年から受洗者は、信仰告白者および按手礼を受けた者の数は急速に減少しはじめた。同じような状況は英国のローマ・カトリック教会においても見られる」(『福音と世界』1969年9月号)

これは何なんだろうか。

投稿: | 2007年6月 7日 (木) 18時01分

創世記18章22-33節で、ソドムの滅亡に関して、神とアブラハムとの問答が記されている。「正しい人が50人いたら滅ぼさない」から始まって、最後は10人でも滅ぼさないと約束する。町を救うのは、安全保障とか人為的な方策ではなくて、聖者の存在である。

投稿: | 2007年6月 8日 (金) 09時36分

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