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2007年6月15日 (金)

主観・客観の彼方

「意味は、認識の中に這入って来る客観の中にあるのでもなく、又自分の世界を組立てる主観の中にあるのでもなくして、唯だ客観的でも主観的でもない第三の世界、即ち霊の世界、霊的生の中にある。そこではすべてが活動、霊的活動である。従ってそこでは、存在が認識によって把握されると言う事は、存在の中で意味が活動的に啓示されると言う事を意味する。それは存在の闇の中に光がともる事である。従ってこの見地よりすれば、認識それ自身が霊的生である。認識は存在の運動又は存在の変化、或は又存在の中に起る内的出来事である」(『神秘主義・象徴主義』)

ベルジャーエフの方法は、なお我々に語りかけている。

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