« カトリック教会化 | トップページ | 証言 »

2007年6月20日 (水)

異教思想

「基督教はユダヤ教の如く異邦人を民族性の故に嫌悪しなかったが、異教思想の故にはどこまでも排撃して止まなかった。殊にそれが教会に潜入するや異端排撃は峻烈を極めた」(『基督教』岡田稔著)

例えば、アウグスチヌスにおける新プラトン主義、トマス・アクィナスにおけるアリストテレスは、どうなのだろうか。彼らは、異教思想に修正を加えているが、そういう作業があっても、異教思想は否定されるべきなのだろうか。異教で行けるところは異教で、そのあとは啓示によってという具合に、段階的に考えてもいいのではないだろうか。ギリシャの学問がなければ、キリスト教神学も、そもそも不可能である、と思う。

|

« カトリック教会化 | トップページ | 証言 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« カトリック教会化 | トップページ | 証言 »