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2007年6月23日 (土)

ヤスパース回想

カール・ヤスパースについては、もっと関心を持ってよかったと、今では思う。ベルジャーエフに心を奪われていた時、その劇的な人生を背景にした書き方に対して、ヤスパースは、やはり、どこか観想的であった。もちろん、書いている内容は「実存」に関してなのであるけれど。

彼の自伝に『哲学的自伝』(ヤスパース著)がある。ベルジャーエフには「哲学的自叙伝の試み」という自伝がある。英語では「夢と現実」という題であった。それと比較して、ヤスパースの自伝に、少し失望したことがあった。しかし、今は、ヤスパースは、もっと丁寧に読まなければと思っている。

『哲学的自伝』には、こんな記述があった。

「子供のときから私は病身でした」

「それ自身で進行性ではないが、慢性の疾病状態にあると、健康を愛する気持がどれほど亢進するか一驚に価します」

ヤスパースが最初に向かったのは医学であった。その背景には、自身の健康が関係したのであろうか。

「私の青年時代につきましてせいぜいふれうることは、私の内面的生活史であります」

今の言葉で言えば、自分史なのだろうか。自分史を書くことは、周囲の人々に迷惑をかけるかも知れない。島崎藤村は、それを顧慮せずに、告白の小説としての自分史を書いているが、小人としては、ここでためらいを覚えるのである。

「私の眼にうつったところによれば、職業哲学者たる教授連が説く講壇哲学は、決して本来の哲学ではなく、科学たろうとの要求をもってする、われわれの生きることにとって重要ならざる物事の論究に、例外なく尽きるものでありました」

ベルジャーエフも、講壇哲学に批判的であった。しかし一般に哲学の名で呼ばれているものは、この講壇哲学なのかも知れない。そして、このヤスパースの批判に対しては、私も全く同感である。このような講壇哲学が今も大学の哲学の主流であるかどうかは知らないが。

「個人の自由な活動を許すのが我慢ならない者は、自由と同時に創造力と大学の精神をも、破壊せずにはおかぬでありましょう」

大学紛争の時、いくらか、このようなことを感じた。大学の精神というものは、個人の自発的問いを圧殺するのではなくて、それらに柔軟に対応できるものでありたいと思った。

「1933年以降は、予想もされぬことどもを、否おうなく経験させられました。人間が恐るべき状況のせいでいかなるものに変貌しうるか、精神的に才能ある者が妄想のせいで、見掛けは善良そうな市民が不誠実のせいで、見掛けは品行方正な人間が悪意のせいで、多くの人間が無思慮のせいで、利己的近視的受け身の態度のせいで、何に変わりうるか、こうしたことは、人間に関する知が一変されざるをえぬ程度で、現実として経験させられたのであります」

これは15年戦争の時にあたる。世界史においても、大変な、激動の時期だったのだろう。そして原爆。将来の人類史に対する「神話」が生まれてもよさそうな時代であった。

さてもヤスパースは、哲学をどう考えていたのだろうか。

「《哲学すること》の根本操作の課題はいついかなるときでも、単なる対象的なものを越えて、対象的なものがそこから発する根源であると同時に、対象に向けられた主観の思惟もそこから発するところの根源へと超越することなのであります。対象(客観)でも思惟作用(主観)でもなく、かえって両者を自己のうちに包んでいるもの、これを私は包括者と名づけました」

根源を求めての問い、それが哲学的精神であろう。

「私は他人の眼には神学的と思われる物事を神学者として論じているのではなく、私は哲学しているのだ、ということはまぎれもない事実でした」

確かに、キリスト教に関心を持つ人たちは、ヤスパースにも関心を持つだろう。それは対象が重なっているからである。そして、言う。

「高度の意味での哲学とは予言的哲学である」

これはベルジャーエフと同じ。しかし、ヤスパースの自己理解は。

「哲学者は予言者ではありません」

預言者は歴史をやらなければならない。そして、やはり、実存哲学は歴史を対象にしなければと思う。

しかし、それでもわれわれはヤスパースに多くのものを負っている。それは彼が書いたからである。

「書くことが私には楽しみなのです。書いていると考えていることが自分にはっきりしてくるのです。それに終わりにもうひとついえば、ひょっとして将来革命でもおこったとき、私は手ぶらで突っ立っていたくはないのです」

書くこと、記録すること、あるいはブログを書くことは、やがて他の人々に益を与えるかも知れない。

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