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2007年6月26日 (火)

千年王国論

千年王国の記述は、ヨハネ黙示録の20章に出てきます。

『イエス・キリストの再臨』(ルネ・パーシュ著、いのちのことば社)という古い本があります。そこには、千年王国が千年期として説明されています。そして、「千年期後再臨説」と「無千年期説」は支持されないと述べています。これがプロテスタントの福音派の一般的な立場なのかも知れません。

しかし、プロテスタントの中でも、改革派は無千年期説で、カトリックも無の立場だそうです。カトリックと言っても、アウグスチヌスの説でもあります。「アウグスティヌスは、メシアの未来における統治を信じた後、千年間は霊的意味に取らなければならないと教えはじめた」(432-3頁)と書いています。

カトリックでは、フランシスコ会聖書研究所訳注の『新約聖書』で、この部分の詳しい注が載っています。

「ダニエル7・9,22,27,一コリント6・2参照。「生き返り…一千年の間、統治する」は、イザヤ26・19とエゼキエル37・1~6と同じく、象徴的に解釈するのが適切であろう。したがって、殉教者の復活は、ローマ時代の大迫害の後、教会が自由となり、新生することを象徴するものである。一千年間、統治するということは、地上における神の国に適用して、ローマの大迫害の終わりの時から、この世の終わりにおけるキリストの再臨の時までの期間を指すものであろう」(963頁)

私は千年王国というものは、未来に待ち望むものと思っていました。しかし、無千年王国説では、もう既に始まっているのです。では、いつから。ローマの迫害のあとです。キリスト教が公認となり、国教となっていく、その過程で千年王国が始まったという解釈なのだと思います。

ただ、この注では、再臨までが千年王国といいます。しかし、聖書では、その前に「一千年の期間が満ちると、サタンはその牢獄から解き放される」(7節)と書かれています。

だから、一千年が終わり、そのあとサタンの解放の時期があり、そして再臨がくる、と聖書では読めるのです。

そのサタン解放の時期はいつなのでしょうか。私は、それが近世・近代ではないのだろうかと思うのです。そして、近代はあの苦難の世界戦争と共に終焉したと思うのです。

無千年王国説では、ここまでは言わないのではないかと思います。以前書いた「中世千年王国説」というものは、従って、無千年王国説の一つのバリエーションです。

一つの解釈の可能性について述べてみただけです。当然、反論はあるでしょう。

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