« カリタスについて | トップページ | 噂 »

2007年6月13日 (水)

寂しさ

寂しさはどこから来るのだろうか。なにが寂しさを引き起こすのだろうか。

人間は一時的に孤独を慰めることができるかもしれない。パスカルが気晴らしといったものだ。

書物に夢中になり、学問に没頭しても、本の中に、彼の求めていたものはなく、学問の中にもない。人間の心が、本の中に宿っているとはいえ、心の奥底にまでは届かず、また、頭の中の体系にすぎない。

あなたはその耐え難い寂しさをどこで満たそうとするのか。それは人間以外にはない。人間こそあなたの要求に応じられる。

人間は人格である。そして人格には人格が必要である。人格以外のものでは満足できない。その人格が与えられていない時、人間は寂しさを感じる。孤独を感じるのだ。人格の交流の中に幸福感がある。

しかし、幸福の絶頂にも、なお不安の影が宿っている。この幸福はいつまでも続かないだろうという不安。

やがて、人との交わりに絶対の幸福を見いだすことはできないことを悟る。人の心の中には、罪、暗い影があり、それを見た時、あなたは幻滅を感じる。

探求の終点は神である。人格としての神である。神のみがあなたの要求に応じることができる。これ以外に道はない。あなたが必要としているのは、この神である。

知識は人間の虚栄かもしれない。人間は生存のために、何かしらの主義・主張を要するが、永遠の前では、知識もまた消え去る。残るのは命なる神。彼のみ永遠であり、彼のみがいつまでも残る。

神が共にいること、それが人間にとって一番良いことである。

|

« カリタスについて | トップページ | 噂 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« カリタスについて | トップページ | 噂 »