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2007年6月16日 (土)

ギリシャとは何か

「教理は、その概念と発展について見る時、福音の土壌の上になされたギリシャ精神の労作である。(A.von Harnack:History of Dogma)」(『アガペーとエロス』ニグレン著)

近世は企画はヘブライとギリシャの分離であった。ギリシャの「内容」を認めることによって、中世の総合が福音の変質をもたらしたのではないかという嫌疑があった。しかし、ギリシャの「形式」なくしては、そもそも「学」が成り立たないのではないだろうか。その「学」の中には、「神学」も含まれているのである。

そんなことを思いつつ、ギリシャの普遍性に理解が進む時、新たな「総合」としての「新しき中世」の企画も意味があるのではないかと思う。

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コメント

「エロース・モティフがキリスト教の中へ押し入って行くかぎり、われわれは、これをキリスト教のギリシャ化と言ってもよかろう」(『アガペーとエロース』ニグレン著)

これが、ギリシャの最高の「内容」である。しかし、それは恋愛の愛ではなく、著者は「われわれは感覚的な愛の意味のエロースには全く関心を持っていない。アガペーの敵手であるエロースはプロトン的愛で、最も洗練された精神的な形のエロースである」(『アガペーとエロース』)という。

投稿: | 2007年6月16日 (土) 19時52分

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