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2007年6月 2日 (土)

ウェスレー回想

ジョン・ウェスレーは、あの回心の時に、信仰の一滴を心に感じたのだろう。

「生きた信仰の一粒は、史的智識の一封度よりも高価なるもので、愛の一滴は科学の大洋に優る」

そして、彼の宣教活動が始まった。それは信仰義認に立ったものであった。

「諸君が義とせられる前に、一層砕けたる心と、一層謙遜なる念ひと、罪の重荷を一層感じ、悲しまなければならないと考へる事は、取りも直さず諸君の砕けたる心、諸君の罪の悲み、諸君の謙遜を、少くともにその一部分を、諸君が義とせられる基礎とせられることであるが故に、それは諸君の義とさせられる障害となる、依てその障害は除かなければならない」

このような余りにも率直な語りかけは、世のクリスチャンの反感を買ったのだろう。

「神よ我をして、また真実に神を訪ね求める凡ての者をして、世にいわゆるクリスチャンの謹慎に称するところのものより救い出し給え」

彼の目には、世の変遷が見え、その無常が見えた。

「世は去り、世はまた来る。視よ、ちょうど木の葉が落ちるように、如何に地はその住民を落としつつあることよ」

その中で、彼は生活を宣教にささげ尽くしていった。

「金は私には溜らない。“Money never stays with me”若し溜まったら、それは私を焼き焦してしまうであろう。金が私の魂に食い入らないうちに、金が入ってくると早速投げ出すのである」

こうして、彼の宣教活動は世界的なものになり、「世界は我が教区なり」という有名に言葉が生まれたのだ。

「自分は全世界を我が教区と見て居る。“I Look upon all the world as my parish” 自分が斯く考える限り、世界何処に於ても、自分の居る処に於て、救の喜音を聴かんとする者に対して、自分が福音を宣伝するのは正しく、且つ重大なる義務なりと確信するものである」

では、彼は何を伝えたのか。彼の臨終の言葉が、それを示唆している。

「The best of all is,God is with us」

(引用は、すべて『ジョン・ウェスレー伝』田中亀之助著から)

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