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2007年6月24日 (日)

カルヴァンの資格

「宗教改革の指導者の多くは、カトリック教会にいた時に教職の任職を受けていました。カルヴァンの場合は、任職を受けた証拠がありません。彼は信徒の知識人で、信徒グループの指導者に立てられて、聖書と教理を教えましたが、そのままプロテスタント教会の牧師になりました。彼はジュネーヴで働き始めた時、「講師」という名で聖書講義を担当しました。これは市当局に任命されたのであります。その後、まもなくカルヴァンは牧師の仕事を始めていますが、教会的任職を受けた記録はありません。それは記録が失われたのではなく、任職式がなかったらしいのです。カルヴァンは按手礼を受けておりません。後になって、任職式をし直すということもありませんでした。それでは、カルヴァンは本当の牧師ではなく、モグリの説教者ではないかと言われるかも知れません。しかし彼自身は召しを確信していました。彼の同僚たる牧師たちも、彼の説教を聞く教会員も彼が召しを受けた説教者であることを疑っていないのです。儀式がなかっただけであります」(『カルヴァンの「キリスト教綱要」を読む』渡辺信夫著、新教出版社、228頁)

カルヴァンは一人の信徒であった、ということ。そして、牧師としての按手礼は受けていなかったということ。しかし、それでも神の召命はあったのだということ。

カトリックの秘蹟的観点からカルヴァンの活動を見れば、これは信徒使徒職の最大限の展開と見えるであろうか。

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コメント

カルヴァンはプロテスタント神学界の巨匠であったが、そして、今もそうだけれど、彼の神学研究はすべて独学であった。

「第一に、私たちは、カルヴァンが正規の神学教育を受けていなかったことに注意をうながされる。モンテーギュのコレージュ(学院)、オルリアンとブールジュの大学、ここで彼が学んだものは文学と法学とであった。カルヴァンはついに、教科書をもっての、型にはめた神学教育をほどこされることを知らなかった。そのカルヴァンがなぜ神学の勉強をしたのか。ヒューマニストの一人として、彼ははじめ、おそらく知的な欲求から神学に関心をもちちはじめた。しかし、やがて、その欲求は、霊的なものに変る。神学は知識の問題でなく、たましいの問題となった。そこで彼はむさぼるように神学を探求したのである」(『信仰の手引き』ジャン・カルヴァン)

投稿: | 2007年6月28日 (木) 16時25分

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