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2007年6月14日 (木)

神学と哲学

神学の対象は限定されているが、哲学の対象は限定されていない。

対象が限定されている神学の研究アプローチには時に合理的・科学的方法が採用されることがあり、対象が限定されていない哲学の研究アプローチでは、純粋理性も批判され、その奥が目指される。

もっぱら理論理性を使うのみの神学と、聖化の段階の認識を求める哲学とでは、どちらが優位にあるのか。

ベルジャーエフは、そんな問いを我々に投げかけているのかも知れない。

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コメント

「哲学史上過去に於て哲学と宗教との提携乃至接近の最も代表的なものとしては、我々はスコラ哲学とドイツ観念論とを挙げうるが、ただし前者に於ては哲学は神学の僕とならしめられ、後者に於ては宗教は哲学によって世俗化せしめられた。然し、今や我がベルジャエフに於ては、哲学はどこまでも自分自身の立場を失う事なく宗教と結び付けられた。かくして出来上った彼の宗教的哲学は全然ロシア魂の特徴によって色どられた。そこでは西欧の魂から次第に失なわれつつある所の内面的深化への熱情パトス、内的神秘性、直接なる宗教経験、及び終末への黙示的な展望に充ち充ちている」(『神秘主義・象徴主義』)

投稿: | 2007年6月15日 (金) 10時46分

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