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2007年6月17日 (日)

綜合と再形成

「キリスト教思想史は、われわれが綜合と再形成とよんでいる二つの傾向の間を、交代して一定のリズムの中で進行して来た。綜合とは、キリスト教とその他から引き出された素材を結合して、キリスト教とキリスト教が入って行く精神文化の世界とを出来得るかぎり一つに融合させるように、その環境にキリスト教を調整する傾向を指す。再形成とは、キリスト教の特殊な性格があきらかにせられるように、キリスト教を他のあらゆるものから出来るだけ鋭く区別して、それを純粋な形で示そうとする傾向を指すのである」(『アガペーとエロース』ニーグレン著)

中世は綜合の時代、近世(宗教改革)は再形成の時代と、著者は言いたいのだと思う。私も以前は、著者と同じように考えてきた。しかし、今は、少し違う。

綜合の時代としての中世に対して、「環境にキリスト教を調整する」という言葉の中で、純粋なキリスト教から変質したという意味が示唆されているとしたら、違うのではないかと思う。以前は、この「違うのではないかと思う」という言葉が出てこなかった。しかし、トマスを読んで、そう思わざるを得なくなった。

と、言っても、著者の言うような面もあったのだろうと思う。しかし、それはトマスではないのである。そして、そうでなければ近世の出現は理解できなくなるからである。

この二つの言葉を使って表現するのであれば、「中世は確かに綜合の時代であった。しかし、それは再形成の真理契機を忘れたわけでもなく、それを中心にすえていたのである」ということになる。

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