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2007年7月10日 (火)

教育再生

「都会人的な要領のよさ、といったものから彼がどれほど離れていたかは、彼の経歴そのものにもすでに気づかれただろうが、例えば教育論の一部として、次のようなコトバがある。試験に「『甲』をとる人間にわたしは懐疑的です。…試験で答えるべく期待されていることを答える能力とか。それを答えて易々としているような態度はある浅薄さと皮相さとを示しています。『乙』をとる人間は、少し鈍いかもしれませんが、頭の鈍さは独立的な思索に先行する一つの条件です。…」彼自身が、まさに『乙』的人間であった。みずからの問題意識をあくまで独立に追いつづける執拗さは、真の探究者を学問商人から区別するものである」(『ホワイトヘッドの哲学』市井三郎著)

ゆとり教育は乙的人間を目指したのではないだろうか。そして、教育再生とは甲的人間を目標にするのではないだろうか。それでいいのだろうか。

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