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2007年7月26日 (木)

預言

「歴史は存在論的記憶により、能動的な想起における過去への参与によって、内的実存として認識される。そのためには私は過去を、私自身の過去として、私の精神の原歴史として認識しなければならない」(『ロシア共産主義の歴史と意味』ベルジャーエフ著)

カリスマ運動の中で、異言と預言が語られ、実際に、集会で、そのような現実に触れることもある。しかし、そこで語られる預言は、自分にどういう意味を持つのか、よく分からない場合もある。

ベルジャーエフの場合は、預言的発言があるけれど、それらは、どこかで深くうなずくことのできる要素を持っている。それは、歴史認識の実存的アプローチによるものなのだろう。それにより、過去を深く認識し、その中から未来に関して発言するのだ。それらは過去の認識に基づいているので、ご託宣的なものと言うより、いま・ここでの選択・決断に、より確実と思える方向性を与えてくれるのである。

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