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2007年7月19日 (木)

外的な行為

「しかし、時のたつにつれて、「多くの人の愛が冷えた」時に、ある人々は手段を目的ととりちがえて、宗教を神のかたちにかたどって更新された心よりもむしろ、これらの外的な行為をなすこととして位置づけ始めた」 (『説教』ジョン・ウェスレー著)

高教会主義者であり、恵みの手段を重視したウェスレーは、「更新された心」を重視したけれども、それは「外的な行為」を無視したことではないように思う。

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