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2007年7月14日 (土)

時間の浪費

「すべての創造的な活動には、多くの反省と瞑想とを必要とする。しかしこれは、皮相な観察者には無用な時間の浪費にみえるであろう」(『アインシュタイン』P.フランク著)

小泉前首相の提唱した「改革」は、競争社会の導入で、創造的活動の前提である「反省の瞑想」の時間を、時間の浪費として評価できないといった感性が強められたのではないだろうか。それに反発したのが、藤原正彦教授なのだろう。

しかし、それでも、「反省の瞑想」には何らかの結果があれば、時間の浪費ではなく、一般にも認められる余地が生まれるかも知れない。その点も一考すべきかも知れない。

実際、「反省の瞑想」も、その結果が外に出なければ、時間の浪費と見られても仕方ない、という見方に同感できなくもない。

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コメント

間もなく選挙。政治家には反省も瞑想も、その時間がないのではないだろうか。権力の魅力はあるかも知れないが、創造的な活動の前提としての「無駄な時間」はないだろう。昔、プラトンは哲人政治を理想と見たけれど、あくまで理想で、と言うことは、現実性はないと言うことかもしれない。

投稿: | 2007年7月14日 (土) 14時09分

『アインシュタイン』(P.フランク著)は、1951年、岩波書店から刊行されました。現在は、岩波文庫『評伝 アインシュタイン』(フィリップ・フランク著、矢野健太郎訳)として出ています。文庫の方は読んでいません。

投稿: | 2007年7月14日 (土) 16時06分

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