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2007年7月21日 (土)

この世

この世にあって、この世の霊に不感症になっているのが、キリスト者であろうと思います。『信仰の高嶺めざして』F.B.マイヤー著)には、次のような言葉があります。

「私たちは、非難したり賞賛したりする世に対して、はっきり死ぬ覚悟がなければならない」

「神の確かさを握っている人は、この世のものを非常に軽く見ることができる」

「死ぬ覚悟」というのですが、キリスト者は既に、この世に対して死んでいます。自分の力では「死ぬ」ことはできません。これは自殺の意味ではありません。

この世に不感症になっていても、この世に無関心になることはいけないといいます。この矛盾を生きることが大切です。

この世は、よく観察すれば、やはり目的を持っています。その目的のありかを知らせることがキリスト者の使命と思います。この点で、この世にかかわらなければなりません。そして、その意図をもってかかわる時に与えられる充実感は、そのかかわりが正しいことを語っているのだと思います。

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