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2007年7月 5日 (木)

完全の希望

新生の前であれば、完全の要請は絶望以外の何ものでもなかった。

しかし、新生のあとであれば、完全は手に届くものとなった。これを知らないキリスト者がいるかも知れない。

もちろん、完了形で考えられてはならない。と共に、完了形の一部要素も追い求めなければならない。第二の転機の意味である。

罪がなくなり、完全になったら、キリストは必要なくなるのではないだろうか。しかし、聖化は栄化を求めることがなければ、維持できない。その意味では完全は完成ではない。完全は完成を求め続けなければならない。そこに完全の未完結性がある。

完全は人生の目標である。そして、目標を明確にすることが生き方の極意である。その意味では、ウェスレーは、生き方の極意を体得した人生の達人といえると思う。

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