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2007年7月 5日 (木)

現代史の視座

サンフランシスコ講和条約の調印と、日米安全保障条約の調印は、共に、1951年9月9日のことであった。

その前年、1950年6月、朝鮮動乱が始まった。

ということは、日本の独立というのは、朝鮮動乱との関係の中で生まれたのではないだろうか。

憲法の施行は1947年5月3日であった。戦争放棄、軍備放棄の絶対非戦の憲法であった。

それは占領下であったので、それでもよかったが、独立国となると、それでは不安定であった。米ソのイデオロギー対立の間で、主権闘争が始まっては、安定的な政治は出来ない。

そういう思惑の中で、日本の独立と同時に、日米安保が生まれたのではないだろうか。

憲法改正問題にあたって、憲法と日米安保の関係、それが問われているのだろう。日米安保を不変のものとするのであれば、憲法は改正が妥当であろう。憲法は、現実に即したものでなければ意味はない。それに基づく法律は、現実に即したものなのだから。

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コメント

京都大学の故武藤一雄教授が、日本国憲法に関する小冊子を出しておられた。言ってみれば、神学的な評価といった内容で、神からのプレゼントのような意味で受け止めようという内容だった。憲法の平和主義、平和を希求しようという内容に、誰も反対はしないだろう。しかし、日米同盟を放棄して、この憲法を維持できるのだろうか、という問いには応えていないと思う。憲法問題は、日米同盟とセットでなければ具体的には論じられないのではないだろうか、と私はいつも思っている。

投稿: | 2007年7月 5日 (木) 20時45分

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