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2007年7月11日 (水)

キリスト教国

「主権の誘惑は、キリストが荒野において拒否した誘惑の中の一つである。悪魔は高い山から、「世のもろもろの国と、その栄華と」をキリストに示して、彼がそれに膝を屈し、それを拝すべきことを提議した。恐らくキリストの精神的幻想の前に示されたこの諸王国は、すべて、自らキリスト教国と称するものとなり、終末の時まで主権の変転極まりない形態であったろう。キリストはその誘惑を拒否した。すなわち、永久に世のあらゆる王国との関連において拒否した。しかしキリスト者は、このキリストの例に従わなかった。彼らはキリストの王国と世の王国とを滑稽にも混同し、併合し、合同して主権の前に跪前した。キリストは、彼らに「神の国とその義とを求めよ」と訴えた。けれども、キリスト者は終始「さらば凡てこれらの物は汝等に加えらるべし」と言われたその物のみを求めて来た。彼らは、神の国を求めることはこの世の王国を破壊しなければならないのではないかと恐れた。かくして彼らは、ドストエフスキーの言う如く、大審問官として、キリストの行為をおこがましくも修正した」(『奴隷と自由』ベルジャエフ著)

キリスト教国の「真相」に関する、一つの解釈ですが、これは、ドストエフスキー、ベルジャーエフの解釈であって、唯一の正しい解釈というものではないと思います。

サタンの誘惑は、イエスの在世中のことで、イエスの復活後には、「わたしには天においても地においても、すべての権能が与えられている」(マタイ28・18)との言葉があります。キリスト教国の主権と、マタイ28・18の言葉との関係は、どうなっているのでしょうか。

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