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2007年7月10日 (火)

プロティノス

アウグスチヌスの回心の過程で、プロティノスの新プラトン主義の影響が語られる。米国の改革派関係の神学者たちからは、何か批判的な意見を聞くのだけれど、カトリックの人、例えば、カール・アダムからは肯定的な響きを聞き取る。あるいは、もっと確かめなければいけないのかも知れないけれど。

しかし、プロティノスを知る必要はあるかも知れない。そして、肯定と否定の根拠も知りたいものだ。

「本質に於いてプロティノスの哲学とキリスト教の考が相容れぬものでないことは、プロティノスの著書から多くを学び、それを生かしているアウグスチヌスに依って証拠立てられたと言ってもよいであろう」
(『プロティノス』鹿野治助著)

「「ミラノの庭園における回心」については、これが本当にキリスト教的神体験であるか、あるいは単に新プラトン的体験であるか(と言いますのは、この後しばらくしてアウグスチヌスが書いたいくつかの作品は、新プラトン主義的色彩が強いものですから)ということが昔から色々議論されております」(『聖アウグスチヌス「告白録」講義』高橋亘著)

逆に回心に疑いを表明している人もいることを示唆している。

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コメント

「アウグスチヌスはマニ教の影響で、「悪は実体である」と永年考えていて、この考えから脱却することが出来ず、苦しみました。プロティノスの「悪は実体ではなく、善の欠如である」という思想によって、この迷妄から脱することができました」(『聖アウグスチヌス「告白録」講義』高橋亘著)

「悪は善の欠如」という考え方は、プロティノスの思想で、これはキリスト教的でないのか、それともキリスト教的といえるのか、そのへんが議論のあるところかも知れません。

投稿: | 2007年7月11日 (水) 19時42分

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