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2007年7月24日 (火)

巡礼

「彼はこの世のことにはあまり心を留めていなかった。なぜなら、彼はこの世では一介の旅人であり、風来坊であり、留まるべき都がないのを知っていたし、いと高き天上に永遠の手で作られた都を憧れ求めているのを自覚していたからである」(『恩寵溢る』ジョン・バンヤン著)

選挙が近い。しかし、その関心は地上の生のことである。

巡礼は旅を急がねばならない。しかし、多くの人々は、自分が巡礼であること、旅をしていること、旅のゴールがあることを、余り自覚していない。旅の終わりは死である。しかし、それは悲しむことではない。

「死は勝利であり、生は心待ちにしている幸福をもどかしくも遅れさせるものだと考えていた」(『恩寵溢る』ジョン・バンヤン著)

かつて、黒沢明監督の映画「夢」を見た。最後のシーンで、笠智衆さんが老人を演じ、踊っていた。ある人が死に、その祝いなのだという。死が、このように受け止められたことに、衝撃を受けた。

死は忌むべきことなのであろうか、それとも喜ぶべきことなのであろうか。少なくとも、巡礼にとっては、死は忌むべきことではない。

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