« 哲学者への期待 | トップページ | 人間の創造 »

2007年7月28日 (土)

破門

「人々から破門されるのを怖れて神の御言を説いたり聴いたりするのをやめる者は既に破門されている者です」
(『恩寵溢る』ジョン・バンヤン著)

「人々」とあるけれども、破門する主体は「教会」ではないのだろうか。あるいは、「教会」の意味なのだろうか。中世のワルドーを思い出す。

現代では、このような規制は全く意味をなさない。だから、歴史的中世は、二度と戻らないのである。

しかし、それでも、教会員が、教会の信仰告白と対立する教義でインターネットで流したならば、どうだろうか。教会は破門するのだろうか。何かのアクションがあるかも知れない。

それとも、その教会員は、自分の良心によって破門されるのかも知れない。

|

« 哲学者への期待 | トップページ | 人間の創造 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 哲学者への期待 | トップページ | 人間の創造 »