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2007年7月 4日 (水)

哲学の使命

『神秘主義・象徴主義』には、ベルジャーエフの解説があるけれど、その思想活動の視点については、こんな説明がある。

「哲学は伝統的な宗教的民間信仰に対して目覚めた思惟の戦いの中から生起した。而して哲学は創造的思惟の自由なる活動の中に於て生き又呼吸している」

「単なる思惟の遊戯ではない、生ける哲学は常にその中に道徳的、宗教的経験を含めている。従って哲学は或る意味では宗教に依存し、宗教と近密なる内的関係を保たねばならぬ」

哲学は、「伝統的な宗教的民間信仰」を対象化するのだから、ある意味では、そういう信仰にとっては他者である。しかし、「常にその中に道徳的、宗教的経験を含めている」というのだから、ある意味では信仰の中でなされるのであろう。

従来の哲学の立場というものは、前者の強調で、その時の原理は万人共通の理性であった。しかし、その理性を超える「道徳的、宗教的経験」の中においても、認識活動はある。それが彼の哲学であった、と私は思うのだけれど。

そして、これは換言すれば、聖化の途上における認識活動である。

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