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2007年7月17日 (火)

韓国の衝撃

クリスチャントゥデイの背景に関する、ある人物の疑惑にからんで裁判問題が持ち上がったことをきっかけにして、日本のキリスト教系の週刊新聞が、それを報じたことで、初めて、電子新聞「クリスチャントゥデイ」の存在を知ることができた。もし、それがなかったのであれば、日本にも、キリスト教系の電子新聞があることを知らなかっただろう。

それにしても、日本のキリスト教系新聞が、この新しいメディアについて、それが存在し始めた段階でなぜ、いち早く、それを報じなかったのだろうか。そんなに軽い事柄なのだろうか。

ところで、日本のキリスト教界の目は韓国に向いていないと思うが、なぜなのだろうか。この目は今でも欧米を向いている。韓国のキリスト教に関する著書が、どれほどあるのだろうか。著書がないから、知識もない。そして、共感も生まれない。なぜだろう。

そんな中で、韓国のキリスト教界の目が日本に向けられていることを感じる。それにつけてもなぜなんだろう、という思いがする。

韓流ブームがあった。日本の一般の人々が韓国に魅せられた。そこには、韓国文化の背景にあるキリスト教の影響があるのかも知れない。その魂に魅力を感じたのだろうか。しかし、韓流ブームの「なぜ」に、そういう分析もあったとは記憶にない。

われわれの足もとに変化が起きている。それでも、出版される本は、アジアを向いていない。日本はアジアの一員ではあるが、関心は圧倒的に欧米を向いている不思議な国である。

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