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2007年7月 1日 (日)

救いの確証

マックス・ウェーバーの主著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、今でもよく引用されているが、その洞察は、果たして正しいのだろうかという疑いを持っている。救いの確証が地上生活の成功に左右されるという、ピューリタニズム、カルビニズムの思想は、真正のものであろうか、どこか違うのではないだろうか、という疑いである。

それは、富の背景として、こういう解釈もあるからである。

「もし人間がただサタンにのみ仕えることを望むなら、サタンは、人間の要求するものを必ず与えるであろう。富、名声、地区、権力、これらはすべて悪魔の贈物の中に入っている。彼はこれらのものを所有しており、彼の悪意がひそんでいる目的を達成するために、それを実際に人間に与えるのである」
(『キリストの危機』キャンベル・モルガン著)

これでも、地上生活の成功が、救いの確証をもたらすと言えるのであろうか。

以前、カルビニズムを生み出した改革派関係の書物を読んだことがある。ルターの宗教改革を完成させたのがカルビンであったと書いてあった。そういう解釈は一般的なのだろう。

信仰義認で宗教改革は始まった。しかし、救いの確証をこの世での成功・失敗に求めるのは、信仰義認の教理の逸脱ではないのだろうか。そこでは、宗教改革の原理が曲げられているのではないだろうか。そんな疑問を感じている。

もちろん、カルビンは信仰義認の教えに立っているのであるけれど。

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