« 熱中症 | トップページ | 伏線 »

2007年8月22日 (水)

弱さ

宗教を信じるなんて、弱いからだ。そんな言葉を、以前、聞いたことがある。「宗教は民衆の阿片」といったマルクスの言葉の影響かも知れない。

同じ宗教でも、創価学会など、弱さを感じさせない。だから、宗教一般には当てはまらない言葉なのかも知れない。

しかし、弱さの証拠と言われて、それも正しい一面を表していると思う。「善悪の木の実」を食べた人間は、自分が中心になって、善悪を判断している。しかし、その善悪は、果たして本当に正しいのか、という反省があるとすれば、それが宗教の「弱さ」との指摘に結びつくのであろう。

カントも倫理の定義の中で、格率という難しい言葉を使って説明しているが、要するに自分中心ではいけない、ということである。

弱さというものは、そういう意味に解するのであれば、納得されるのではないだろうか。

|

« 熱中症 | トップページ | 伏線 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 熱中症 | トップページ | 伏線 »