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2007年8月13日 (月)

完全と文化命令

「キリスト者の完全」を求めていくという聖化の道は、それだけでは何か足りないような気がする。それが、文化命令なのかも知れない。

「地を従わせよ」と神はアダムに言われた。アブラハム・カイパーは、これを「文化命令」とよび、彼の後継者たちは「創造命令」と呼ぶ。

堕罪による呪いを受けている段階では、文化命令に従う余裕はない。しかし、聖化の道は、「堕罪による呪い」の問題が根本的には解決した人たちの歩む道である。当然、心には余裕ができる。そして、その余裕は、改めて、「文化命令」の妥当性に心を向かわせる。

ところで、従わせよといわれる「地」とは何か。

大宇宙であり、外なる自然と思うかも知れない。自己自身である小宇宙、内なる自然も、「地」ではないだろうか。

文化命令は、主人になれ、と読めるのだが、「よき管理者たれ」が本意であろう。自然は、「よき管理者」の出現を、今も待ち望んでいる。新生、聖化の道を歩むことは、大自然が、それを歓迎しているのだと思う。

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コメント

ウェスレーとカルビンを統合できないだろうか。あるような気がする。

投稿: | 2007年8月14日 (火) 22時04分

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