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2007年8月 2日 (木)

仕事

我が内に 永遠(とわ)の仕事が あるならば
 転職しても 傷はつかずと

我が内に 永遠(とわ)の仕事が ないならば
 外の仕事の 機械・歯車

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コメント

我が内なる永遠の仕事というのは天職なのかも知れません。天職を探すことに関心を持った人に内村鑑三がいました。

また、アインシュタインも、そんな天職の人であったかも知れません。どこか、普通の人と違っていたようです。『アインシュタイン』(P.フランク著)には、こう書かれています。

「独立な態度を持し、支配的な傾向に抵抗することができるのは、外面的な成功を認めないほど十分に強く、かつ権力をみせつけられても、自由と文化的雰囲気の喪失に甘んじ得ない人たちのみであった。アインシュタインは、その青年時代から既にこの種の人々に属していたのである」

「社会的正義と社会的責任に対する私の情熱的な関心は、人々と直接接触したいという希望の欠如と、いつも奇妙な対照をなしていた。私は、独立した馬具をつけた馬であって、前後に竝べるためや、チーム・ワークをするために準備されていない。私は、どんな地方や国にも友人の集りにも、また私の家族にさえも、心から帰属していたことはない。これらの関係には、いつも漠然たる無関心が伴なっていた。そして自分自身へ戻りたいという希望が年と共に増して行った。このような孤独はときには辛かった。しかしながら私は、他の人々の理解と同情とから切り離されたことを悔やまない。私がそれによって何かを失ったことは確かである。しかしながら私は、他の人々の習慣、意見、偏見から超然としていられることで十分償われた。私は、私の心の平和を、このように変り易い土台の上におこうと試みたことはないのである」

「彼は、伝統的な意味での社交生活をもっていない。彼は大学の種々の団体に属する人々の催す晩餐会や歓迎会には出席しない。しかしながらこれから、彼が人々に会うのを嫌っているという結論を出してはならない。反対に彼は、彼が助言と援助を与えることのできる人々、何か面白い主題を共に論じ得る人々、または面白い世間話をもった人々、そしてこれは彼の最も好むところであるが、彼が共に音楽を奏することのできる人々と会うことを非常に喜ぶ」

投稿: | 2007年8月 2日 (木) 09時11分

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