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2007年8月16日 (木)

死の瞑想

死の前に死がある
死の後に死がある
   
だから、人には
合計三つの死がある
   
しかし、三つの死を
経験する人はいない
   
人が経験するのは二つの死
真中の死と、その前か後の死
   
真中の死は、誰でも知っている
肉体の死、生物としての死
   
その前後の死は
人間としての死
   
後の死を知る人は一人もいない
人は誰も死後を知らないのだから
   
前の死は知られている
無数の証人がいる
   
証言は
その死を通して得られたもの
   
新しい世界の実感が
後の死はない、という
   
人の未来は知られ得ないのに
そのように言う人たちがいる
   
肉体の死は
その前後の死を考えるきっかけ
   
後の死は、自由意志の彼方にある
前の死は、自由意志の射程にある
   
死について考えること
それは生について考えることでもある

死を覚えよ
中世の合言葉だ

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