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2007年8月31日 (金)

献身

「直ちに従いなさい。そうすれば、従うことは比較的容易です。しかし、しばらく待っているなら、それはむずかしくなります。さらにもう少し待つなら、それについて立ち止まって検討するなら、必ず多くの障害が起ります。そしてほんとうに困難になります。ですから、直ちに従いなさい」(『献身』)。

「私は思うのですが、天にいる天使のかしらたちは、「なぜこの人たちは献身ということを、さもたいへんなことであるかのように語っているのだろうか。イエスに従うということは、いとも容易な楽しいことであるのに。」と言うに違いありません」(『献身』)

モーセの召命のシーンを考えた時、彼に求められていたのは決断であった。しかし、彼は躊躇した。躊躇は危険であっても、決定的な線を越えたのではない。神の不興が伝えられた。そして、彼は決断した。もし、神の不興の中で、彼の躊躇が続いていたら、その時は、一線を越してしまったかも知れない。そして、その段階では、従おうと思っても、従えないのである。

献身とは、神の声に応じることであれば、神の声がないのに、献身はない。それが神の声であることは、当人には分かる。不思議に分かるのである。

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