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2007年8月15日 (水)

認識と理解

「死せる形を認識する手段は数学的な法則である。生きている形を理解する手段が類推である」(『神秘主義・象徴主義』)

我とそれ、我と汝。われわれは物の世界と、思惟の世界の二つに囲まれている。

「自己の基礎的な原理から、すべての論理的結論を最後まで導き出すというのが、アインシュタインの研究方法の特徴であった」「実際アインシュタインは実証主義者であり経験主義者であった」「慈善的な社会及び政治団体に真面目に協力している折に、アインシュタインは突然あなたに次のように言うであろう。「真面目に言って私は、人にはさして関心がなく、ただ物に関心があるのです。」と。そしてもしあなたがその「物」とは何を意味するのかを彼に尋ねるならば、彼は「物理的現象と、それらを取り扱う方法」と答えるであろう」(『アインシュタイン』P.フランク著)

アインシュタインの目は物に向けられていた。実存的な問いは感じなかったのだろうか。理科系と文系、両方が必要と思う。

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