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2007年9月30日 (日)

因縁

因は我 縁は我が外 二つにて
 世界は動く 時代は変わる

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2007年9月28日 (金)

吉満先生を偲ぶ会

「吉満先生を偲ぶ会」は、ことしは、10月28日(日)午後2時半から。

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2007年9月26日 (水)

苦しみへの召命

苦しもう 神に仕える 道なれば
 祈りは純化 救いは波及

自分の苦しみが、どれほど大きいといっても、十字架のイエスが、「なぜ、自分を捨てたのか」と、父と呼んだ神に言った言葉の背後にある苦しみに比べれば、いかほどのこともない、と思う。

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2007年9月24日 (月)

世界観の探究

小学生の時、算数は面白かった。問題が解ける面白さを味わった。この面白さは、科学の面白さなのだろう。そして、一生、この面白さを追求できるのであれば、それはそれで幸福な人生であるかも知れない。私には、そんな人生は与えられなかった。

それは、自己が問われた時、もっと重要なことがあるのだという思いの中で、その面白さが吹っ飛んでしまったからだ。こうして、人は人生の意味の探究の旅に出るのである。

「世界は哲学に対しては科学に対するのとは全く違った仕方で自分を啓示する。諸科学は抽象的部分的実在を取り扱うのであるが故に、世界は諸科学に対しては自分を全体として啓示しない。従って世界の意味は諸科学によっては把握されえない。それ故に数学的物理学が感覚的・経験的な現象を対象としないで、物自体を対象とする所の存在論であろうとするが如き試みは笑止千万である」(『神秘主義・象徴主義』)

科学・技術の魅力はあるのだけれど、もっと優先する課題が人間にはある。それは世界観、人生観の問いに対する回答である。人は、その問いに対して何らかの回答を持っていて、それに従って生きている。

「アインシュタイン自身も、哲学的にみると、存在するあらゆるものは、数学的に秩序づけられており、原則として最後まで数学的に説明され得る、という前提にとらわれている」(『哲学の学校』カール・ヤスパース著)

自分の前提を認識し、それを高めていく時に、視野が一層開けてくるのであれば、とりあえず、その前提を是としてもいいのだ。アインシュタインの前提への確信は、私には分からないけれども、その前提を持つ限り、説明への動機もまたなくならないだろう。

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2007年9月23日 (日)

共同体

①一灯園
ハチマキし 京都の街に 出陣だ
 トイレ掃除だ 仏道修行だ

②老人村
老人の 理想郷我 作らんと
 その思い今 思わるる我

老人の 健康村を 作らんと
 神戸照子と いう人がいた

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宗教家

宗教家 モチベーターの 要素あり
 人をその気に させる天才

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2007年9月21日 (金)

仏教とキリスト教

親鸞系と日蓮系の仏教の二大潮流を前にして、どう考えたらいいのだろうか、と思う。両方とも仏教という名前での「統合」の鍵はあるのだろうか。

キリスト教では、ルターとカルビンとの「相違」がある。カルビンはルターの「発見」、いや「再発見」を踏まえて、その発展を考えているようである。

親鸞はルターに、日蓮はカルビンに対応するのだろうか。

親鸞は新生に、日蓮は聖化に対応しているように思う。そして、新生と聖化とは、一人の人格の中での誕生と成長なのであれば、そこには、二つなのだが、一つという「統合」の鍵があるかも知れない。

仏教の二大潮流を前にして、この二つの中の「一つ」に、思いを馳せてみるのも面白いことであろう。

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2007年9月18日 (火)

対話力

対話力 それが理性か 人間の
 間の力 開放の意志

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2007年9月16日 (日)

無名

無名なる 仏教徒かも 知れぬ我
 無名の意味は 神の領域

諸宗教 そのよき所 認めるは
 包括主義の よき所なり

宗教の 自由はあれど 改宗は
 世の利害より 摩擦起こすか

求道は 切なる願い 内に秘め
 ことばを求む 宗教超えて

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秋祭り

秋祭り 神輿太鼓に 子ら続き
 不思議な調べ ふるさと思う

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2007年9月15日 (土)

総裁選

総裁を 選ぶ告示の 日に既に
 結果判明 興味半減

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2007年9月14日 (金)

新島襄

Scan 同志社英学校(のちの同志社大学)を創設した新島襄は「上州安中藩士の家に生まれ」と書かれているので、群馬県の生まれかと思っていたが、実は東京の生まれである。

生まれた場所にある記念碑は千代田区神田錦町3丁目の学士会館の近くに立っている(写真)。

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位置

下を見る そして上見る 限りなし
 我が位置不明 幸か不幸か

無限なる 時空を限る 一点に
 起きし不思議な このこと何か

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社会論

実存の 重視了解 社会論
 どう導くか それも課題に

教会の宣教的関心というのは、実存論的発想に偏っているかも知れない。個人の回心を求めるアプローチである。

しかし、賀川豊彦の場合には、それと社会論が共に関心の中にあった。社会論は協同組合思想であった。

この共在が、どうして成り立つのか、その理解ができない時、賀川理解は進まないだろう。

あるいは、ここにも、内村の指摘のような「楕円の真理」があるのかも知れない。

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日本のリーダー

長州の 次は上州 かも知れぬ
 リーダー多く なぜか知らぬが

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見神の実験

近代日本のキリスト教史の中で、「見神」という言葉に出合う機会がただ1回ある。使ったのは、綱島(つなじま)梁川である。

普通は、こういう言葉は使わないであろう。なぜなら、神は見ることが出来ないからである。「見る」という場合、それは時間・空間の中で、空間の中の存在者が「見られる」物としてなければならない。しかし、神は、そのような存在者ではない。だから、神を見ることは出来ないのである。

もちろん、梁川も、そういうことは知っているであろう。では、この見神とは、何を意味しているのだろうか。(以下、『近代日本とキリスト教--明治篇--』基督教学徒兄弟団発行、236-8頁参照)

綱島梁川は、本名は綱島栄一郎という。彼が注目されたのは、藤村操が華厳の滝から身を投げたころであった。万朝報で、黒岩涙香は、信仰の伴わない哲学で人生の意味を探るのは、黒暗々の部屋で、黒い帽子を探るようなものだと書いている。黒岩はユニテリアンとも関係があるといわれている。

この「見神の実験」については、「回光録」の中の「枕頭の記」に書かれているという。

梁川は、信仰の三つの段階について記している。

彼は、明治6年(1873年)、岡山県に生まれ、14,5歳の時、組合教会に籍を置いた。明治20年、高梁(たかはし)教会で受洗している。それから6年間、無差別的盲信の時期が続く。

その後、26年の夏、彼は正統的信仰を捨て、3年間、懐疑の時期を過ごす。キリストは偉大な道徳的天才であり、聖書は修養書であった。これが第二期という。

しかし、この第二期では、世界と人生が無意味となり、再び、神を求めるようになり、明治29年ころから、神は「生命の流れ活発なる緑色の神」となり始めた。これ以後が第三期。そして、この中で、「見神の実験」に達したという。

その見神は37年の7月に始まった。彼は、こういう。

第一回目の記録。

「最初の経験は昨年7月某日の夜半に於いて起りぬ。予は病気に余儀なくせられて、毎夜半凡そ1時間がほど、床上に枯坐する慣ひなりき。その夜もいつもの頃、目覚めて床上に兀坐しぬ。四壁沈々、澄み徹りたる星夜の空の如く、わが心一念の翳(くもり)を著けず、冴えに冴えたり。爾時(そのとき)、優に朧ろなる、謂はば、帰依の酔ひ心地ともいふべき歓喜(よろこび)ひそかに心の奥に溢れ出でて、やがて徐ろに全意識を領したり。この玲瓏として充実せる一種の意識、この現世(うつしよ)の歓喜と倫を絶したる静かに淋しく而かも孤独ならざる無類の歓喜は凡そ15分時がほども打続きたりと思ぼしき頃ほのかに消えたり」

第二回目は、秋空の下、街上でなされたもので、夕陽を帯びた林巒を遠く、眺めつつ、「この刹那忽然として、吾は天地の神と偕に、同時に、この森然たる眼前の景を観たりてふ一種の意識に打たれたり」という。

梁川は、「神と偕に在り、神と偕に楽しみ、神と偕に働く」と言い、また、自己の「見神の意識が、汎神的なると同時に、又超神的なること」を主張する。

文献では、以上のように書かれているが、ここで、いくつかのコメントがある。

①見神とは、新生の体験ではないのであろう。なぜなら、新生は洗礼が一回であるように一回だけの体験であるが、見神の実験として何度も記述されているからである。従って、見神とは、聖化の中の瞬間的、自覚的体験といえようか。であれば、それは聖霊の満たし、聖霊のえい満という言葉で表現されてきたものであろう。「キリスト者の完全」とも関連するかもしれない。聖化の道を歩むキリスト者が、最終的完成である栄化の前に、求めるべき目標であるかも知れない。

②「見神の意識が、汎神的なると同時に、又超神的なること」という表現がある。ケーベルの立場は「超越的汎神論」と言われるが、少し気になる表現である。

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2007年9月13日 (木)

訃報

9月13日の東京新聞に、こんな訃報が載っていた。

長島正さん63歳(ながしま・まさし=上智大文学部教授、人間学専攻)12日、胃がんのため死去。葬儀は13日午後7時、千代田区麹町6の5の1の聖イグナチオ教会主聖堂で。喪主は妻世津子(せつこ)さん。

長島さんとは、姿を見たことはあるが、話したことはなかった。

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中村正直

Rimg0069 「彼は明治七年洗礼を受けてメソジスト教会に属しますが、その信仰の本質は「キリスト教化せられた儒教主義」に外ならなかったといわれています」(『近代日本とキリスト教--明治篇--』基督教学徒兄弟団発行、37頁)

この「彼」が中村正直である。墓は谷中墓地にある(写真)。説明文もあるが、キリスト教への言及はない。

彼は明六社の会員。明六社とは、アメリカ駐在の代理公使であった森有礼が明治六年(1873年)七月に帰国して、有志10人と共に作った結社。明治六年に結成されてので、明六社と名づけられた。

中核的会員は、森、西村茂樹、福沢諭吉、中村正直、西周、津田真道、加藤弘之、杉享二、箕作秋坪、箕作麟祥の10人。

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亀井氏の心境

亀井勝一郎という評論家がいた。1907年生まれで、1966年没であるから、59年の生涯であった。還暦前に死去というのは、今の感覚では、少し若かったというものだろう。

キリスト教にも関心があったようで、教えれるところがあった。なぜ、関心があったのだろうか。こんな個所がある。

「亀井 私は親鸞の教に直結しようとしている在家仏教徒なのですが、今日の本願寺はどうしても全然認められません。私の家の菩提寺は本願寺であり、お墓参りという普通の習慣的なことはやりますが、しかし人間形成の上で何か強いものをお寺が与えるかというと、それは全くない。とくに私などあきたりないと思うのは、明治以来、近代精神というものとの対決が全然なかったということ、これが現代仏教の致命傷ではなかったかと思うのです。ですから自分が仏教徒でありながらキリスト教の方に--私の青年時代からそうですが、キリスト教の方になぜ心をひかれたかというと、キリスト教の中には思想的対決の持続性がある。コムミュニズムとの対決もあれば、科学との対決もあり、要するに「近代」というものと格闘して来た歴史があって、日本ではたとえ不充分でも、そういう点に私など心をひかれます。仏教の性格にもよりますが、明治以後少なくとも仏教徒は自分の破滅を賭してでも、「ヨーロッパ近代」と真正面から対決すべきであった。この点では殆ど無抵抗でした。全く別のところで、因習的に続いてきただけですから」(『近代日本とキリスト教--明治篇--』基督教学徒兄弟団発行、7-8頁)

これは、仏教には寺というものがあるけれども、その寺は人間形成に対して、どういう役割りがあったか、という北森嘉蔵氏の質問に対する、亀井氏の答えである。

亀井氏の心境は、よく分かる気がする。しかし、現在は、仏教とキリスト教は、この点では逆転しているような気もする。

そして、これまで、カトリックよりもプロテスタントに日本の青年たちの関心が向いたのは、亀井氏の心境とだぶるような面があるような気もする。

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美しい国

美しい 国の文化の その奥に
 宗教ありと 思うがそれは

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2007年9月12日 (水)

思惟する主体

「思惟というものは思惟するものと思惟されるものの対立があって初めて成立するものである」(『プロティノス』鹿野治助著)

思惟するものと思惟されるものの対立が認識の条件である。

ところで、自然(空間)は対象であるが、その対立関係からは倫理は生まれないだろう。倫理は歴史(時間)を対象として生まれるのだろう。

しかし、それでも、意識の、ある程度の方向性が前提されていない時、歴史の前に立っても、歴史の選択はできないのだろう。

思惟する主体の前提は、主体の中にはないのかも知れない。これが二重予定の洞察なのだろうか。

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2007年9月11日 (火)

クリスチャン総理

あるブログで、麻生氏が総理になったら、故大平正芳氏についで、二人目のクリスチャン総理になるだろう、と書いてありました。

戦後でも二人目ではないと思います。片山哲氏がいました。

戦前では、原敬、高橋是清といった名前が挙がります。もちろん、何をもってクリスチャンというかの問題があると思いますけれど。

原敬はカトリック教会との関係がありました。また、高橋是清は、自伝の中で、信徒になったと書いています。原敬は有名ですが、普通は、高橋是清も含めて、この二人をクリスチャンだと、明確に言う人はあまりいないかも知れません。

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哲学の性質

「ベルジャエフに従えば、哲学とは人間からして人間を通して認識することである。従って哲学が人間学主義を止める事は哲学の破壊を意味する」(『神秘主義・象徴主義』)

これだけだと、哲学は純粋理性批判の立場であり、それが限界と思われる。しかし、ベルジャエフには、こんな言葉もある。

「存在の秘密は唯だ人間の中で又人間を通して、換言すれば霊的経験の中で又霊的生活の中でのみ啓示されるのである」(『神秘主義・象徴主義』)

「ベルジャエフに従えば、哲学は存在の秘密・生の神秘の認識である」(『神秘主義・象徴主義』)

霊的経験とか霊的生活というのは、純粋理性批判の立場ではない。実践理性批判が指している世界である。だから、カントが予想して、その前にまで行った世界のことである。ベルジャエフはカントを重視していたが、不満も感じていた。その不満が、霊的経験、霊的生活におれる認識の主張であった。

これを学と呼ぶかどうか。改革派的に言えば、再生理性による認識の妥当性の主張であろうか。

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2007年9月10日 (月)

田山花袋

田山花袋が『蒲団』の著者であり、『蒲団』が、その性的描写で有名なことは知っていた。しかし、著者の田山花袋がキリスト者であることは、最近、初めて知った。

「「文学界」同人や田山花袋・国木田独歩らがキリスト教徒だったことはいうまでもない」(講談社文芸文庫『日本近代文学の起源』柄谷行人著、107頁)

それにしても、近代日本キリスト教文学の中で、田山花袋の名前が挙がったことがあったのだろうか。

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2007年9月 9日 (日)

残暑

台風が 二つ三つと 来ては去り
 ようやく残暑 終わる頃かな

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少女

Rimg0220_2 目を閉じて 静かに耳を 傾ける
 少女の顔に 漂う光
 
JR四谷駅近くの道路脇で見かけた少女の像(写真)です。「聴く」冨田憲二作、とありました。

Rimg0217_2

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内村鑑三の秘密

証しせよ 言われるまでも なきことで
 告白となり 文学となる

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グノーシス

心理学 宗教的に なった時
 グノーシスと 言われる時も

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IT

ITに 創造あれば 破壊あり
 二つは共に 進み行くかと

破壊また 神の使いか その者ら
 自己の素性 知らずありとも

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2007年9月 8日 (土)

隣人

「隣人とは、その時々に隣に来る者であれば、何れの人に就いても当てはまる概念である」(『神の痛みの神学』北森嘉蔵著)

「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ22・39)という。隣人とは「その時々に隣に来る者」という。隣というのは「自分の関心の中に」という意味であろうか。その意味では、都会のマンションでの隣の人が、すぐそのまま隣人になるわけではないかも知れない。都会という所は、そういう所である。

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不動

何かしろ 何もしなけりゃ 滅びるぞ
 その声聞くが 我は動かず

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権威者

引用し コメントすれば 権威者と
 見られる虚構 だまされるなと

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ドトール

ドトールが いずこにもあり オアシスか
 砂漠を進む 我らにとりて

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浅草

浅草に 来れば分かるよ 浅草を
 愛する人の 気持ちはすぐに

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権力

権力を 避けて生きたし 我なれど
 周囲はみんな 権力詣で

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2007年9月 7日 (金)

罪の克服

「ウェストミンスター信仰告白」には、罪について、「第6章 人間の堕落と罪、およびその罰について」の中に、こんなふうに書かれている(新教新書『ウェストミンスター信仰基準』)。

「1 わたしたちの始祖は、サタンの悪巧みと誘惑にそそのかされて、禁断の木の実を食べて罪を犯した。神は、彼らのこの罪を、ご自身の賢いきよい計画によって、ご自身の栄光に役立てる目的をもって、許容することをよしとされた」(25頁)

前半部分に関しては、何も問題はないだろうと思う。後半に関心がある。

神は、人の罪を許容した。そこには、人の自由意志を認めている、という理解があると思う。そして、人の犯す罪の原因は神にはないという主張も見られる。「許容」という言葉の中に、神の「全知全能」と人間の「自由」との接点があるように思う。

宗教改革当初、人間の自由意志に関して論争があったが、人間には自由意志がある、と認めることが現実的であろう。しかし、その自由意志によって救いが達成されるという時の自力救済的思考を、ルターは拒否したとみるべきではないのだろうか。ペラギウス主義の否定であれば、それは当然である。しかし、その言い方が、自由意志そのものの否定を意味しているとなると、それは現実的ではない。

「ウェストミンスター信仰告白」には、そういう議論を踏まえての言い方があるように思う。

さて、罪を犯した人の場合は、当然、罰の影響としての後悔が来るのであるが、その中で、後悔が克服された時、初めて、罪の克服といえるのではないだろうか。

後悔の克服、それは、罪を犯したにもかかわらず、それが、神の「栄光に役立てる目的」を持っていることを知った時ではないだろうか。その「目的」を知って、初めて、罪の罰の反映である後悔は克服されたといえるのではないであろうか。

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台風

政界の もやもや続く テーマ金
 不思議現象 何が原因

台風よ 来たれもやもや 吹き払い
 一過のあとの すがすがしさを

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ニューエイジ

ニューエイジ キリスト教の 衰退期
 聖霊時代 触れ合うものも

批判あり 是とするものも 含まれて
 疑惑のまなこ 感ぜぬ人も

新しき 中世唱う 人ありて
 二つの比較 今後の課題

新しき あるいはニューと 言う言葉
 人を引き付け 時代を造る

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2007年9月 6日 (木)

第二原因

改革派の神学の中では、聖定という言葉がよく使われる。一般的な「予定」というのは、人間の究極のありかたに関する聖定である。

「ウェストミンスター信仰告白」は第三章に「神の永遠の聖定について」という項目を挙げている。その中に、こんな言葉がある。

「1 神は、全くの永遠から、ご自身のみ旨の最も賢くきよい計画によって、起こりくることは何事であれ、自由にしかも不変的に定められたが、それによって、神が罪の作者とならず、また被造物の意志に暴力が加えられることなく、また第二原因の自由や偶然性が奪いさられないで、むしろ確立されるように定められたのである」
(新教新書『ウェストミンスター信仰基準』15頁)

「ウェストミンスター信仰告白」はカルビン主義の信条であるけれど、この個所の後半は、論争相手のアルミニウスの主張を取り込んでいるのではないだろうか。両者は対立し、論争した歴史的経緯はあるけれど、第二原因の考え方に理解を示している。これは救いにおける、人間の自由意志による決断の必要もまた認めることができるという意味ではないだろうか。

この第二原因という言葉は、ここ以外にも出てくる。

「2 第一原因である神の予知と聖定との関連においては、万物は不変的かつ無謬的に起こってくる。しかし同一の摂理によって、神はそれらが第二原因の性質に従い、あるいは必然的に、あるいは自由に、または偶然に起こってくるように定められた」(「第五章 摂理について」、新教新書『ウェストミンスター信仰基準』22頁)

要するに、第二原因というのは、神の聖定と人間の自由との接点なのである。

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法事

仏教行事が生活の中で普及している日本では、死者のための法事が一般的に行われる。これは「死者のため」である、というのが説明かも知れないが、生きている人のためでもないのだろうか。仏教にとって、「死者のため」というのは、どういう意味なのか、という問いは、理屈としては難しい問いになるかも知れない。

さて、法事で、親戚の人たちが集まる。故人の思いにひたるひと時がある。それは生きている人たちのためでもあるのではないだろうか。

そのひと時で、死者と自分の関わりの確認が深まれば、それは、その人のこれからの生き方に意味があるであろう。そのような過程の中に、死者と生者との関係が安定していく。そんな安定の中に、生者は死者の「成仏」を受け入れていくのではないだろうか。

しかし、法事があっても、そのような死者の「影響」が残り続ける場合がある。死者の意味を、自分たちの中に確認する機会がないからである。その時、自分史や、または家系図の作成などを通して、家族・親戚たちが互いに確認の時を持つのであれば、それは意味のあることではないだろうか。

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大村益次郎

Rimg0211 無名戦没者の遺骨を収めている千鳥ヶ淵戦没者墓苑がある。住所は千代田区三番町2番地である。実は、この地は、靖国神社境内にある銅像の人物(写真)、大村益次郎の屋敷跡である。彼は、ここで蘭学塾の「鳩居堂」を開いていた。

なぜ、大村の銅像が、靖国神社にあるのか。

それは、戊辰戦争での勝利の立役者、維新後は、兵制近代化を進めて、国民皆兵による徴兵制度の導入に貢献した、初代兵部大輔としての立場の反映があるのであろう。

Rimg0205_2 しかし、千鳥ヶ淵戦没者墓苑(写真下)もまた、大村とゆかりの地であることは知らなかった。

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2007年9月 5日 (水)

転職

個人主義者にとって転職は何でもないことである。しかし、「全体主義」者にとっては、転職は恥ずべきことである。滅私奉公が倫理である。

日本では、最近は個人主義者も多くなった。しかし、昔の日本人はだいたい、「全体主義」者であった。そして、そういう雰囲気はまだ漂っていると思う。

転職者にとって会社は砂漠のオアシスである。そこで少しは身心をリフレッシュできる。しかし、砂漠のキャラバンへの呼びかけがあれば、参加しなければならない。

なぜなら、会社は永遠の安息の場ではないからである。

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消費税

現在の日本には拝金主義が横行している。そんな価値観は人を滅ぼす。

では、どうしたらいいのか。消費税を上げることである。物、金に対する関心から、心に関心を向けさせるためには、それしか方法はないのではないか。

その収入は、福祉に当てればいい。

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2007年9月 4日 (火)

信仰の行為

「もし私たちが神に近くいるなら、さとくてりこうな者には隠されている多くのことが、私たちに示されるであろう。主は、まずご自分の聖なるしもべや預言者に打ち明けないでは、何ごともなさらないのである」(『信仰の高嶺めざして』F.B.マイヤー著)

神の意志を打ち明けられた聖なるしもべや預言者たちは、次にはどうするのだろうか。

自分の意志が問われるだろう。そして、その意志は、必ず行為を伴うのである。罪であれ、信仰であれ、外に現れるのである。

であれば、行為は主ではなく、従である。神のことばを聞くこと、そこで決意すること、それが最初である。

では、神のことばとは何か。説教は、その機会であり、それを目指している。しかし、救いの瞬間と同様、それは、思いもかけない時に、来るかも知れない。

聖書は、そういう経験を伝えている。

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1%の壁

日本のキリスト信徒の数はカトリック、プロテスタントを含めて人口の1%である。長年、そうであり、その壁は破れそうにもない。なぜなのだろうか。

立ちはだかる壁の一つは「精神世界」であろう、と思う。書店に行けば、関連コーナーの広さは驚くほどである。

しかし、教会が、この問題に取り組む姿勢を見せたことはない。その中で、カトリック教会が関心を示している。『ニューエイジについてのキリスト教的考察』(カトリック中央協議会)である。プロテスタント教会の中で、この種の本に出合うことは余りない。カトリック教会の利点は、このへんにあるのだと思う。

ニューエイジとは、いわゆる「精神世界」のことである。完全に一致するかどうかは知らないけれど。そこにはユングが出てくる。自己実現が出てくる。トランスパーソナル心理学が出てくる。

ニューエイジは宗教ではないと思われているが、宗教的関心は強い。この壁を無視して、キリスト教は1%の壁を破ることは出来ないと思う。

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2007年9月 2日 (日)

「たとえ……」

「この人類と神との唯一の掛け橋イエスス・キリストを通して、すべての人間には、罪の家族から抜け出で、キリストの家族へ入る可能性が与えられた。したがって、たとえキリストの名を知らない者であっても、この贖われた人間本性に従って、忠実に「人の道」を歩むならば、その人は現実としてキリストの掛け橋を渡っているのである」(『創造と救い-人間論・教会論-』マウルス・ハインリッヒ著、福田勤編著、サンパウロ、79頁)

「キリストの名を知らない者」というのは福音を聞いたことのない人という意味であろう。その人たちも救われる、という意味なのだろうか。そう受け止める人がいても、仕方ない書き方であろう。

「無名のキリスト者」というのは、こういう人を指すのだろうか。

福音を知らないでも、回心=新生は可能なのだろうか。

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神の像

「……各々の人間は神の像であると言いうるわけであるが、人間における神の像が完成されるには、超自然的賜物の付与が必要であると考えられる。そのためにトマスは人間における神の像を三様に区別し、「創造の像」はすべての人間のうちに、「再創造の像」は義人たちのうちに、そして、「似姿としての」像は至福直観者たちにおいてのみ見いだされるとした」(現代カトリック思想叢書24『創造と救い-人間論・教会論-』マウルス・ハインリッヒ著、福田勤編著、サンパウロ、70頁)(引用者の注・「似姿としての」像は「似姿としての像」に修正する)

トマスは『神学大全』の中で、このように言っているという。

私が、これまで書いてきたことで言えば、「創造の像」が「神の像」であり、「再創造の像」と「似姿としての像」は「神の似姿」の付加である。

また、初めて「再創造の像」を得ることが新生=聖化の開始であり、「似姿としての像」が聖化の完成であろう。

イレネウスのように「神の像」と「神の似姿」として理解した方が、私にとっては分かりやすい。

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世界陸上

白人の 国の名を負う 選手らに
 黒人多く イメージ変化

従来の白人の国というイメージがスポーツの世界では変わっています。

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無教会

無教会は制度教会の否定が目的ではなくて、その関係の中で問うことを求めているのではないだろうか。制度教会がなくなれば、無教会もなくなるのではないだろうか。制度教会がなくなれば、その時は、無教会が何らかの形で「制度教会」になるのではないだろうか。

これは、プロテスタント教会が、カトリック教会を問うことから始まり、カトリック教会から分離した時、そこに現れたプロテスタント教会の「変質」に対して、プロテスタント教会の最初の動機に着目した、内村鑑三の「洞察」の結果なのではないだろうか。それが「第二の宗教改革」の意味なのではないだろうか。

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