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2007年9月 4日 (火)

信仰の行為

「もし私たちが神に近くいるなら、さとくてりこうな者には隠されている多くのことが、私たちに示されるであろう。主は、まずご自分の聖なるしもべや預言者に打ち明けないでは、何ごともなさらないのである」(『信仰の高嶺めざして』F.B.マイヤー著)

神の意志を打ち明けられた聖なるしもべや預言者たちは、次にはどうするのだろうか。

自分の意志が問われるだろう。そして、その意志は、必ず行為を伴うのである。罪であれ、信仰であれ、外に現れるのである。

であれば、行為は主ではなく、従である。神のことばを聞くこと、そこで決意すること、それが最初である。

では、神のことばとは何か。説教は、その機会であり、それを目指している。しかし、救いの瞬間と同様、それは、思いもかけない時に、来るかも知れない。

聖書は、そういう経験を伝えている。

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