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2007年9月 2日 (日)

神の像

「……各々の人間は神の像であると言いうるわけであるが、人間における神の像が完成されるには、超自然的賜物の付与が必要であると考えられる。そのためにトマスは人間における神の像を三様に区別し、「創造の像」はすべての人間のうちに、「再創造の像」は義人たちのうちに、そして、「似姿としての」像は至福直観者たちにおいてのみ見いだされるとした」(現代カトリック思想叢書24『創造と救い-人間論・教会論-』マウルス・ハインリッヒ著、福田勤編著、サンパウロ、70頁)(引用者の注・「似姿としての」像は「似姿としての像」に修正する)

トマスは『神学大全』の中で、このように言っているという。

私が、これまで書いてきたことで言えば、「創造の像」が「神の像」であり、「再創造の像」と「似姿としての像」は「神の似姿」の付加である。

また、初めて「再創造の像」を得ることが新生=聖化の開始であり、「似姿としての像」が聖化の完成であろう。

イレネウスのように「神の像」と「神の似姿」として理解した方が、私にとっては分かりやすい。

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