« 偶像 | トップページ | 三宝 »

2007年10月24日 (水)

出家の動機

仏陀の出家の動機を思う時、そこにニヒリズムを感じる。その点では、大いに共鳴するものを感じる。

聖書は原罪によって死が入ってきたという。しかし、人類の先祖といわれるアダムとエバが、肉体の死を経験しなかったとは思えない。ということは、その死とは、肉体の死ではない、別の死ではなかったろうか。死という言葉に二義性があるのではないだろうか。

その死(肉体の死ではない)を感じる時、そこにニヒリズムがあるのだとしたら、仏陀の出家の動機は万人の共鳴するところとなるのではないだろうか。

|

« 偶像 | トップページ | 三宝 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 偶像 | トップページ | 三宝 »