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2007年11月22日 (木)

日光

日光に 観音さまの 信仰の
 あとを見い出す 華厳の滝よ

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コメント

男体山の別称を二荒山(ふたあらやま)という。この「二荒」は、読み方によれば、「にっこう」とも読める。それは日光につながる。そして、「二荒」を「ふたあら」と読めば、「補陀落山」(ふだらくせん)につながり、この「補陀落山」が、観音さまの住む山なのだという。そして、この「「補陀落」の名前が明記されたいるのが、華厳経なのだという。華厳経の後半に出てくる「入法界品」で、善財童子という青年が、求道の旅を続けていく中で、観音のいる「補陀落山」が出てくる。彼は53人の高徳の聖人たちを歴訪するのだが、俗説では、東海道53次も、これによったのだといわれる。要するに、弥次さん喜多さんの東海道53次というのは、「巡礼の旅」といった宗教的意味も、いくらか含まれているのかも知れない。われわれのよく知っている地名なども、その意味を尋ねていく時、宗教的な含意にぶつかることがありそうだ。

投稿: | 2007年11月22日 (木) 20時50分

善財童子の物語を読んだことはないが、バニヤンの『天路歴程』のようなものなのだろうか。これは、クリスチャンという名前の主人公が、この世から来るべき世に至る巡礼物語。思えば、このようなテーマの物語は、今は、仏教側にもキリスト教側にも、ないのではないだうか。

投稿: | 2007年11月23日 (金) 07時31分

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