« 離婚会見 | トップページ | 「天皇陛下万歳」を思う »

2007年11月14日 (水)

聖徳太子再考

607年の遣隋使の国書にある「日出処(ひいずるところ)の天子書を日没する処の天子に致す」の文章は聖徳太子のものだという。これを受け取った隋の煬帝(ようだい)は、この言葉にカチンときたらしい。太子の矜持を示すものとして覚えておきたい。それはまた、「日本人の矜持」をも意味するかも知れない。

聖徳太子は、日本の仏教史の冒頭に出てくる大人物である。原点である。

「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」の一つは法華経である。だから法華経は日本仏教史の最初から知られていたことになる。

後代に至り、太子は親鸞にも影響を与えた。親鸞は六角堂に百日こもり、聖徳太子の示現の文にあずかり、そこから法然のもとに行ったというのだから、浄土真宗とも深い関係にある。

そして、何やら聖徳太子はキリスト教とも関係があるようにも見える。広隆寺を造った秦河勝は景教というキリスト教に関係していたという人もいる。

聖徳太子再考は、日本に生きるキリスト者としても意味あることではないだろうか。

|

« 離婚会見 | トップページ | 「天皇陛下万歳」を思う »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 離婚会見 | トップページ | 「天皇陛下万歳」を思う »