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2008年1月29日 (火)

無名のキリスト者

無名なる キリスト者とて 諸宗教
 教派において 一致なおさら

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コメント

無名のキリスト者という言い方は、ラーナーの言葉であり、また救いに関する包括主義者の言葉であろう。

それは自分への言葉として、自分の心に言い聞かせるのであれば問題ないだろうが、他宗教者に向けられれば、少し失礼な言葉になろう。

そんな時、善意の人々という言葉を思う。これが使われば、問題はない。あるいは、善意の人々という、よく使われる言葉は、その裏には、無名のキリスト者という言葉が書かれているのだろうか。

同時に、単に善意の人々と言った場合、排他主義者には、そこに自力救済主義への容認が込められていると思うかも知れない。しかし、言葉のコンテキストを全体に広げていけば、そうではないと了解されるであろう。

投稿: | 2008年2月 3日 (日) 09時33分

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