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2008年2月 7日 (木)

宣教の不振

宣教とは基本的には新生への招きである。それが、日本では、特にプロテスタント教会の中では、不振という声をよく聞く。洗礼を受けても、長く教会生活をしない人たちが多いらしい。憂慮されている。

しかし、新生者たちが次のステップである聖化の道を歩もうとする時、そこに、横たわっている諸問題にうまく対応できないのかも知れない。

それは教会問題であるかも知れない。教会とは何か、教派とは何か。新生者が生きていく場としての教会は何かが問われているのかも知れない。多くの教派がある。それぞれの主張の中で、正しいのは何か。グローバルな時代になって、公開の議論が可能になっている時、信仰を拘束するものが、それにうまく対応できない事情が起きているのかも知れない。

それから、不振を嘆く前提に、余りにも排他主義的に福音を捉えているかも知れない。諸宗教への対応が、余りにも単純な拒否型では、現在の日本の中で、余りにも堅苦しいのではないだろうか。

上から下へ(排他主義)、ではなくて、下から上への道(包括主義)がいいのではないだろうか。そこでは、諸宗教との対話・協力の道も開かれている。もう一つ、宗教多元主義の道があるけれど、これをどう位置づけるか、それはなお、私にとっては課題である。

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コメント

アリストテレスに対するルターの嫌悪を思うと、そこにルターの排他主義があるのかも知れない。カトリックの中世は、包括主義であった。ギリシャ思想がキリスト教信仰に組み込まれていたからである。しかし、ギリシャ思想は、あくまで相対的なものであり、そこでは絶対性の主張はできない。ところが、キリスト教との複合の中で、どこか絶対性が紛れ込んできたのであれば、ルターに同情したい。しかし、ギリシャは人間の立場であるけれど、理性の普遍性を思う時、その理性の立場と言われた場合、それがキリスト教との関係に入り込んだのも、納得できるかも知れない。宗教改革は、排他主義による包括主義への批判かもしれない。しかし、排他主義と包括主義とは通じ合うものがある。第二バチカンは、プロテスタントの主張に寄った部分がある。聖書の重視、聖書に帰れ、など。そこでは、これまでの包括主義的信仰が教えられなくなった。しかし、それが排他主義への転向と言えば、そのようにも思えるのではあるが、あるいは、そうではないかも知れない。なぜなら、第二バチカンを堺にして、カトリック神学の主流は排他主義から包括主義への転向がなされたという指摘もあるからである。一般の印象では、第二バチカン以前が排他主義なのであろう。しかし、その本質は包括主義なのである。中世思想は、ヘブライとギリシャとの包括の中で成立しているのである。

投稿: | 2008年2月 7日 (木) 22時00分

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