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2008年3月27日 (木)

無教会

人為なる 教会離れ 信捨てず
 人為の狙い 目指す眼差し

「受肉の延長」としての教会観の視界には人為的要素は見つけにくいかも知れない。しかし、「道具としての教会」観には人為的要素を見ることも出来るのではないだろうか。

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コメント

初めまして、私は名古屋市在住、現在名古屋大学で研究生活を送っている、依田欣哉というものです。現在62歳、『名古屋聖書集会」と名乗って10名前後の無教会集会を行っています。貴兄の内村鑑三論を大変興味深く読ませて頂きました。特に内村がカトリック教会の本来の信仰のあり方に関する理解については新しい発見であり大変興味深く読ませて頂きいました。まさちゃんさんの自分史年表が貴兄に関する経歴と考えればよろしいのでしょうか。どこかで貴兄が様々な経過をへて現在カトリックの牧師さんであると書いてあるのを読んだような気がするのですた確認出来ませんでした。何らかの機会に一度直接お目にかかることが出来たらと思っています。  依田

投稿: 依田欣哉 | 2008年4月16日 (水) 16時17分

コメント、ありがとうございます。私は依田様よりも、もう少し、年齢は上です。最近は団塊世代という言葉がよく使われますが、その少し上を、以前は全共闘世代と言っていたかと思います。大学紛争のさなか、ろくに勉強もしないで、卒業しました。全共闘世代という言葉は、最近は使わなくなりましたけれど。

内村鑑三に関しては、以前から本を読んできました。近代日本のキリスト者では、今でも一番影響のある人物と思っています。私の雑文は、まとまった内村鑑三論といったものではなくて、一つの問題提起として、感じたことを書いてきました。

カトリックの岩下壮一神父は、塚本虎二氏と、ちょっとした「論争」をしていました。その意味は何であったか、余り、研究とか関心を持っておられる方が少ないかなと思います。塚本氏が、その後、聖霊の働きを強調していた原始福音の手島氏に近づいたのも、あるいは、あの「論争」への反省、影響があったのだろうか、とも思いました。

カトリックの吉満義彦氏は、若い日に洗礼を受けられたようですが、一高時代には内村鑑三の集会に出ていたようです。しかし、帰国した岩下神父の影響でカトリックに変わられたようで、『聖書之研究』誌にも、「Y」というイニシャルで、吉満氏が集会を離れたと、内村は書いているようです(確認はしていませんが、伝聞です)。

カトリックで、無教会に関心をもった方には、武田友寿氏がいました。以前、季刊『創造』という雑誌の編集長をしていました。最近は、小野寺功氏が日本文化とキリスト教との関係で、カトリック側で内村の関心を受け止めています。小野寺氏の問題意識は、第二バチカン以降は、カトリックで「公認」されてきていると思いますが、それでも、この宗教は相変わらずに「西洋」的という感じが付きまとっています。遠藤周作氏の、問題意識は、カトリックの中にいるとよく分かります。その遠藤氏の業績を継承していく検証の中で、小野寺功氏は無教会、あるいは内村の関心を共有しているのが知られてきたのだと思います。このへんを広げていって、カトリックと無教会、あるいは内村鑑三との対話が生まれれば、キリスト教の認識が深まるかも知れません。

大学時代、大学の近くで、無教会の先生たちが夜間講座を開いていて、それに出ていました。故斉藤茂氏は、塚本虎二氏の集会に出られていた方だったと思いますが、同氏からは、関東大震災で塚本氏が奥様を亡くされて信仰の動揺を経験された時、「ホティ ホ セオス アガペー エチティン」(なぜなら、神は愛だからである)という聖句で立ち直られたという話を何度も聞きました。今でも、よく覚えています。

カトリックでは、見える教会は、「受肉の延長」であるという理解と、一つの「道具」であるという理解が共存しているように思っています。この「道具」であるという理解は、目的ではなく手段と言っているのですから、その中では、無教会の主張とも「対話」ができるのではないだろうかと、私は思います。しかし、今は、以前のような、岩下神父のような論客は、カトリックの中にはいないかも知れません。岩下神父を「評論」してもいいのだと思いますが、今では「忘れられた人」になりつつあるかも知れません。

いろいろと拙文、駄文を書いていますが、率直な対話の契機になればと思っています。

まさちゃんの自分史年表は私の経歴です。「夢と現実」という言葉は、ベルジャーエフの自叙伝のタイトルで、そこからとりました。ある人から、よく「まさちゃん」と言われていました。カトリックの牧師ではありません、一信徒に過ぎません。本籍は埼玉県ですが、現在は東京在住です。

管理人

投稿: | 2008年4月17日 (木) 17時46分

ご無沙汰しています。時々読ませていただいています。
私どもの集会も、掲示板(名古屋聖書集会:http://8719.teacup.com/nagoyaseisho/bbs)をたちあげて、毎月2回の聖書集会・礼拝の様子を報告しています。
小集会ながら続ける事が出来ている事を感謝しています。KY

投稿: 依田欣哉 | 2009年6月 5日 (金) 17時44分

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