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2008年3月27日 (木)

和解

神と人 神の許しと 和解あり
 人の側でも これも大切

神と人との和解の中には、神が人を許すという面が強く言われてきたが、同時に、人もまた神を許すという面があるのではないだろうか。犠牲とは人間の罪のために、神に捧げるという意味に考えられてきたが、十字架は、神の犠牲でもあり、神の痛みではなかったろうか。そして、その犠牲、痛みにより、人の中に許しが起き、和解も起きたのではないだろうか。

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