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2008年4月13日 (日)

新生

新生とは私の内における神の誕生であり、同時に、神の内における私の誕生でもある。この「絶対矛盾的」ともいえる自己同一性が、新生の現実であり、その両方が同時に言われなければいけないのではないであろうか。

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コメント

「わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう」(ヨハネ福音書14章13-14節)

「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる」(ヨハネ福音書15章7節)

これらの言葉は、「私」の内における神の誕生よりも、その反面である、神の内に「私」が誕生する側面を考えれば、理解が深まるような気がする。

投稿: | 2008年4月13日 (日) 17時34分

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