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2008年4月15日 (火)

存在の類比

中世のスコラ学の中で、存在の類比という言葉があった。アナロギア・エンティスとも言われる。バルトは、この信仰思想を嫌い、アナロギア・フィデイという言葉「信仰の類比」で、自分の立場をあらわした。

スコラ学が自然神学から入る時、その限界は明確に言うのだが、それでも理性による神への到達が言われているように思ってしまう。啓示が、そこでは本来の意味を失ってしまうかも知れない。この危惧があるのだろうと思う。

しかし、存在の類比は、そういう思想なのだろうか。これは、肯定神学と否定神学との共存を認める思想なのではないだろうか。そう考えれば、そこには絶対矛盾的自己同一の立場があるように思う。西田哲学と中世スコラ学とは共鳴しあっているように思うのである。

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