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2008年4月22日 (火)

第二の宗教改革

改革を 徹底させよ 改革派
 無教会にも その動機あり

対極は 無教会対 ローマかな
 矛盾同一 歴史の彼方

場を思う 時空限定 尊重す
 第二バチカン 稀有な機会か

カルビン系の改革派もルター派の改革の徹底という意識があると思います。また、無教会にもあると思います。しかし、無教会は、その対極にカトリック教会を考えていることは予想できます。この矛盾が一つになるのは、歴史の彼方、再臨の時であるかも知れません。内村は、無教会の完成は再臨の時と、言っていたと思います。

しかし、内村の達観は、日本という場を重んじたことでした。カトリック教会も第二バチカンで、この意識を受け入れたと思います。「福音を文化の内に」という第二バチカン後のカトリックの意識は、内村の意識と触れていると思います。そして、この二つが、絶対矛盾的自己同一として、触れ合う場が、真に創造的な場であるかも知れません。

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コメント

なぜ、キリスト教が日本で伸びないのか、それは、キリスト教は西洋の宗教という意識が強くて、その壁に妨げられているからだと思います。要するに、宣教者の主要な意識が西洋に奪われているからではないでしょうか。「キリスト教は日本の宗教である」という点に開眼した時、そのキリスト教は日本人の中に深く染みとおっていくと思います。内村は、そのことを知っていました。そして、カトリックが第二バチカン後に探しているのも、「キリスト教は日本の宗教」という意識への到達ではないかと思います。その点で、カトリックと無教会は、今では関心の共有が見られると思います。

投稿: | 2008年4月24日 (木) 13時20分

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