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2008年5月27日 (火)

生き方

一点を 見つめ突進 顧みず
 視界広がり 山脈となる

無教会は、内村の意識の中では一つの教派ではない。老婦人宣教師との手紙とのやりとりが、それを証ししている。

第二の宗教改革とは、教派を超えるという意味ではなかったか。教派を作ったことへの批判の目があったのではなかったろうか。その意識、視点はカトリックと触れ合っている。

であれば、全教派に、その精神の浸透が可能なのではないだろうか。そのこともまた、内村の思いのなかにあったのではないだろうか。

それを可能にする論理は何であろうか。この探究は、既に始まっているように思う。それは、キリスト教日本宣教の原点に関する問題意識でもある。

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