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2008年5月 8日 (木)

接待伝道論

接待は させていただく その気持ち
 それだけでいい それだけでいい

接待が 続く限りは ふと思う
 何がさせるか それだけでいい

人は人 自由の中で 決断す
 自由なければ 信と言えるか

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コメント

伝道するとは、ある意味で、人間にとって直視できないような現実の前に立たされることである。救われる人がいるということは、そうでない人たちもいることになる。二重予定は、そんな現実の論理的徹底の中で生まれるとも言えよう。その現実は厳しい。その前に立ち、われわれは、信仰の不可解な側面を認めていいのではないかと思う。なぜ、二重予定なのか、それは人間には不可解なのだ。その側面を、安易に判断することは、あるいは信仰の危機に近づくことになるかもしれない。われわれは、やはり神のすべてを知ることはできないのである。ただ、啓示されたところに留まるしかないのである。

投稿: | 2008年5月 9日 (金) 09時12分

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