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2008年5月23日 (金)

母なるもの

遠藤周作氏のテープ「日本人とキリスト教」を聞き、思いをめぐらせた。

遠藤氏は、キリスト教において母なるものを強調した作家として知られている。宗教において母なる要素が重要であることは異論がないだろう。

徳川禁教体制の中での隠れキリシタンたちが、母なる要素を取り入れて、マリア観音の信仰を保持していったということは、当時の全体主義的な強権政治の中では仕方なかったのではないだろうか。同時に、観音の中に仏教徒を偽装したのかも知れない。

徳川時代の中で、禁教処置にされた宗教を信じた時に、父なる要素を表に出すことは出来ない。そのような信仰は殉教者の信仰であり、徳川時代では許されないことであった。だから、そこで生き延びたのは母なる要素であったとも言えるのではないだろうか。

時代が変わって、明治維新では、父なる要素がキリスト教に求められた。それは、新しい権威の中で、キリスト教の自己主張のためには、父なる要素が求められたからである。

従って、明治の、あるいは近代日本のキリスト教の主流はプロテスタントで、カトリックではなかった。近代日本の中でのカトリックは、日本の国民感情全体と共に、徳川時代の屈折した意識の制約の中にあり、日本への影響では、プロテスタントに遅れをとったのである。

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コメント

遠藤の「母なるもの」の主張には、内村鑑三の武士道的・ピューリタン的信仰への反発があったようだ。どこかに書いていると思う。

この「母なるもの」は、小野寺功氏の「大地」の観念とだぶるものがありそうである。

ところで、内村は、こうも言っている。

「天のみにては、如何に純粋であっても、実を結ぶことはできない。キリストの言葉と雖も、磽确の地に落つれば、忽ち枯れる。それは善き地に落ちねばならぬ。斯くしてこそ或は百倍、或は六十倍、或は三十倍の実を結ぶのである。神の恩恵は天からも地からも来らねばならぬ」(岩波文庫『代表的日本人』内村鑑三著、13頁)

(磽确(こうかく)は「石の多いやせち」の意味)

「神の恩恵は天からも地からも来らねばならぬ」という。この地が「大地」であり、また「母なるもの」であるとしたら、内村の信仰は、この点を見過ごしてはいないのである。

遠藤氏が内村に反発しても、「日本」を問うのであれば、内村の発想とだぶってくる。そして、これが大地であり、母なるものであれば、遠藤氏と内村は、同じような課題を感じていたとも言える。であれば、ここにも対話の場がありそうである。

投稿: | 2008年5月23日 (金) 18時21分

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