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2008年5月27日 (火)

内村鑑三

なお続く 評論あれば 何かある
 課題を今に いかにつなぐか

教派なり 論争ありて 反論す
 第二改革 教派を超えて

論争とは内村とパーメリー女史との論争のこと。

「新しい中世」とは、今の私の思いでは、無教会とカトリックとの関係の中に生まれてくるビジョンである。

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コメント

岩下壮一氏が帰国してから、無教会からカトリックに変わる人が出てきた。そのあたりの両者の緊張関係が、『近代日本のカトリシズム』(半澤孝麿著、みすず書房)に出ている(45頁、注3)。このあたりは、無教会としても触れたくない部分なのだろう。内村は、カトリック改宗を止めようとしてか、「私は如何なる事ありと雖も羅馬天主教に行かない」と、自分の雑誌に書く。しかし、明治40年代には「最も貴むべき教会 ローマ・カトリック教会」という文章もあり、そこではカトリシズムへの道を許しているのである。残念ながら、その心は、晩年の段階では失われていた。そこには、内村の無教会も、また「教会」化していたことからくる意識が働いたのであろうか。

投稿: | 2008年5月30日 (金) 11時53分

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